大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行コ)68号 判決

控訴人

品川区教育委員会事務局

学校教育部長

岡田康夫

右訴訟代理人弁護士

近藤善孝

右指定代理人

菊池研一

外二名

被控訴人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

中村誠

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  右取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文一項同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次のとおり当審における主張を付加し、原判決一九頁一〇行目の「公開」を「条例八条一項により部分公開」に改めるほかは、原判決の事実欄の第二(ただし、被控訴人の本件報告書の取消請求に関する部分)に記載されたとおりであるから、これを引用する。

(当審における主張)

一  控訴人

1 条例は、請求権者本人の個人に関する情報についての公開請求権(以下「自己情報開示請求権」という。)を制度として認めておらず、本人確認の手続に関する規定も置かれていないため、本人からの請求か否かを識別することもできない。本来、情報公開条例で公開の対象とされているのは、社会公共性を有する住民の共有財産としての行政情報であり、個人の自己情報開示請求権の対象となる個人情報はその範囲外であり、それは別途個人情報保護条例で規定されるべき事項である。

そして、条例七条一号は、一般人の視点から非公開事由を定めたものであり、情報公開の請求者が本人であるか第三者であるかは問わないものであるから、非公開事由に該当する情報が公文書中にある場合でも本人からの公開請求であれば公開すべきであるとの考え方は、条例の枠を超えた解釈というべきである。

したがって、本件児童の保護者である被控訴人に対して、本人と同視しうることを理由として、本件児童の個人識別情報を開示することはできない。

2 教育委員会が小・中学校の管理を適正かつ円滑に行っていくためには、各学校の教育に関する情報を収集し、これを適正に管理していくことが重要である。

そして、各学校長が教育長に提出する児童・生徒に係る事故報告書(これをおおまかに類別すると、校内暴力報告書、問題行動報告書、体罰報告書、学校事故報告書に分けられる。)中には、児童、保護者、教諭と学校及び教育委員会との間の緊密な信頼関係のもとに収集・接近できる情報が含まれており、その情報は、当該児童の将来を考慮し、適切な指導を行うために蓄積されるものである。

そのため、控訴人は、児童・生徒の健全育成という教育の根本理念から、たとえそれが事実であっても、その公開が当事者である児童に不利益となるおそれがあるため、校内暴力の報告書、問題行動報告書及び学校事故報告書の一部(性的被害報告書等)については全面非公開とし、学校事故報告書の一部については児童等の個人識別情報及び校長所見等の行政執行情報を墨塗りして部分公開しているものである。

ところで、本件報告書には、本件児童とその保護者である被控訴人の言動以外に、本件教諭の言動及び他の保護者の本件教諭に対する評価、言動が記録されているところ、これらの関係者の主張は齟齬しており、本件報告書を公開することにより関係者間の対立がさらに大きくなる可能性が強いうえ、教育委員会は、今後、児童、保護者、教諭から情報を収集できなくなることが予想される。

また、本件報告書の記載内容は、意思形成過程情報の性格をも有し、内部検討段階の未成熟な情報が外部に提供されれば、住民に無用な混乱や誤解を招いたり、一部の者のみに不当な利益や不利益を与えるおそれがある。

右のとおり、個人識別情報及び行政執行情報が記録されている本件報告書は、公開することができないものである。

二  被控訴人

1 被控訴人は、条例が個人情報開示制度を規定したものであると主張して本件報告書の開示を求めているものではなく、本件報告書中の本件児童及びその保護者である被控訴人の個人識別情報については、同人らがプライバシーの保護を放棄している以上、右プライバシーの保護を理由としてこれを非公開とすることはできない旨主張しているにすぎないのであるから、控訴人の主張1は理由がない。

2 学校長が教育長に提出する児童・生徒に係る事故報告書のうち、控訴人が全面非公開としている文書は、可塑性に富む少年の健全な育成の観点から非公開にされたものとして、その合理性を承認することができる。しかし、体罰報告書は、今後は体罰をなくし、教諭と児童・生徒との信頼関係を回復するために事実関係を明らかにする必要性が高いものであり、控訴人も被害児童の個人識別情報を除いて部分公開をしているものである。

したがって、「体罰ではないかとの母親の訴え」について記録された本件報告書も、体罰報告書に準じて公開されるべきである。

また、当事者間の主張に齟齬があるとしても、そのいずれが正しいのか、情報公開によりこれを民主的な討論の場に提供することは、条例一条の「一層民主的な区政運営の実現を図る」目的に資することになるのであるから、当事者間の主張に齟齬があることは本件報告書を非公開とする合理的な理由にはならないものである。

理由

当裁判所は、本件報告書は一定限度において部分公開されるべきものであるから、これを全面的に非公開とすることは違法であり、被控訴人の本件報告書についての公文書非公開決定の取消請求は右の意味において理由があるものと判断する。その理由は、次のとおりである。

一  次のとおり加除訂正を加えた上、原判決の理由欄の一、二項を引用する。

〈加除訂正部分省略〉

二  前示のとおり、条例七条は、「各号のいずれかに該当する情報が記録されていることにより、公開できない合理的な理由がある場合には、公文書の公開をしないことができる」とし、公開請求に対し、公開しないことができる公文書の範囲を定めているが、同条が、公開しないことのできる文書の範囲を定めるにあたって、それが一定内容の情報を記録したものであることのほか、「公開できない合理的な理由がある」ことをも要件としていることに照らせば、実質的にみて、当該文書の公開を拒否することに合理性があることが要求されているものと解すべきである。

そこで、本件報告書について、控訴人主張の非公開事由が認められるかどうかについて検討する。

1 条例七条一号該当性

(一) 条例七条一号は、個人識別情報が記録されているものを非公開文書の一つとして定めているところ、控訴人は、本件報告書には右個人識別情報が記録されているから、児童の健全育成及び児童のプライバシー保護を優先させてこれを非公開とすべきであると主張する。

(二) 確かに、本件報告書は、前示認定のとおり、体罰があったとされる当日の状況と、その後の保護者側を交えた話し合いの経過や学校側の対応を、校長が関係者の個人名を明らかにしてとりまとめたものであって、主として本件児童及び本件教諭に関する情報で、特定の個人を識別できる内容のものが記録されていることは明らかであり(右規定にいう個人識別情報が、被控訴人の主張するように個人の私生活に関する情報のみに限定されていると解すべき根拠はない。)、また、一般に、学校教育に関する情報については、人格形成の途上にある児童のプライバシーの保護やその健全育成の観点から、その公開の可否について慎重な配慮をすべきことは、控訴人主張のとおりである。

(三) しかしながら、乙第一号証の一によれば、条例は、「区民の知る権利を保障し、区民の区政への参加の機会の拡大、区民と区政との信頼関係の増進および一層民主的な区政運営の実現を図ることを目的」とし(一条)、実施機関は、右目的が「十分達成されるようにこの条例を解釈し、運用する」とともに、その解釈、運用にあたっては、「個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう個人の尊厳を守るための配慮をしなけらばならない」(三条一、二項)と規定していること、条例七条一号アないしウは、個人識別情報であっても、法令等により何人でも閲覧することができるものや公表することを目的として取得したものなど、秘密にすべき必要のないものについてはこれを公開することとしていることが認められ、これらの点からすると、条例七条一号が個人識別情報の記録されている文書を非公開としているのは、あくまでも公文書に記載された個人に関する情報が当該個人以外の者に公表されることにより、当該個人のプライバシー等の利益が侵害されることを考慮したものと解すべきであるから、個人識別情報が記録されている文書であっても、当該個人本人(ないしその親権者)からの公開請求に対しては、個人の指導、診断、判定、評価等に関する情報で本人に知らせないことが正当と認められるもの(この判断については、控訴人の指摘する少年の健全育成の観点も考慮されることになる。)を除き、同号に該当することを理由にその公開を拒否する必要性も合理性もないというべきであり、同号に基づいてその公開を拒否することはできないものというべきである。

ところで、控訴人は、条例は自己情報開示請求権を認めておらず、条例七条一号は情報公開の請求者が本人であるか第三者であるかは問わないものであるから、非公開事由に該当する情報が公文書中にある場合でも、本人からの公開請求であれば公開すべきであるとの考え方は条例の枠を超えた解釈というべきである旨主張している。

しかしながら、条例が区政に関する情報の一般的公開について定めたものであり、自己情報開示請求権を認めたものではないことは控訴人主張のとおりであるが、条例七条一号は、前記説示のとおり、単に形式的に各号所定の情報が記録されているというだけではなく、実質的にみても公開できない合理的な理由がある場合に限って当該公文書を非公開とすることを認めたものと解すべきところ、請求者自身の個人識別情報については、本人に知らせないのを正当とする前記例外的な場合を除き、その情報が記録されていることを理由として非公開とする合理的な理由は認められないから、同条例七条一号の解釈上、非公開とすることはできないものと解するのが相当である。本件条例及びその施行規則に、本人確認の手続等の規定が置かれていないとしても、それは運用で十分まかなうことができる事柄である。

したがって、控訴人の右主張は採用できない。

(四) そうすると、被控訴人は本件児童の母であり、請求当時、本件児童は未だ中学一年生であって被控訴人の保護下にあった(甲第一号証)ことなどからすれば、被控訴人の本件報告書の公開請求は、条例七条一号の関係では、本件児童本人の請求と同視してよいということができるから、被控訴人の右公開請求に対しては、本件児童の個人識別情報部分に関する限り、前記の本人に知らせないことが正当と認められる情報を除き、条例七条一号に該当することを理由にその開示を拒否することはできないというべきである。

(五) 次に、本件報告書中の本件教諭の個人識別情報部分についてみるに、控訴人が、体罰報告書の公開請求について、氏名や教師歴を含め体罰を加えた教師の個人情報をそのまま公開するという取り扱いをしていることは前記認定のとおりであるが、これは、控訴人が、体罰行為があったと認定される場合に作成される体罰報告書に記録された当該教師の個人識別情報については、その情報の性質・内容、その公開の有用性などを考慮した結果、条例七条一号の解釈運用として、個人識別情報であっても公開するのが相当であると判断していることによるものと推測されるのであって、右解釈運用は、条例三条一項が「実施機関は、第一条の目的が十分に達成されるようにこの条例を解釈し、運用するものとする」としていることや、同七条柱書が「公開できない合理的理由がある場合」と規定して、各号所定の情報が記録されていることを理由に当該公文書の公開を拒否することにつき合理性があることを要求していることなどに照らし、肯認することができる。

そして、さきに認定したところによれば、本件報告書は、教育委員会の指示に基づいて作成されたものではあるが、教師による体罰があったとの保護者の訴えについて、当日の状況とその後の経過や学校側の対応を校長がとりまとめて教育長宛に報告したものであって、体罰報告書に準じた性格の公文書ということができる。

しかしながら、体罰報告書は体罰が行われたと認定された場合に作成されるものであって、前記のとおり、この場合には当該教諭の氏名・教師歴等を含めた個人識別情報を公開する合理性が認められるけれども、本件報告書のように体罰が行われたか否かが不明(校長は無かったと判断している。)の場合においては、これを体罰報告書と完全に同一視することはできず、当該教諭の個人情報秘匿の利益についてもある程度の保護を図る必要があり、例えば氏名等に至るまで公開すべきものとは考えられない。

以上のような点を考慮しつつ、本件報告書において、本件教諭の個人識別情報として非公開とすることが合理的であると認められる範囲について検討するに、⑤項(鼻血の出た状況)については、本件教諭の氏名・教師歴等それ自体から、又は本件報告書の他の部分との照合により、本件教諭の識別特定を可能ならしめるような部分(以下単に「識別特定を可能ならしめる部分」と表現する。)を非公開とすることは合理的であるが、校長がまとめた当該日時の状況の部分は、本件児童、本件教諭等の供述及び右供述から校長が判断した当該日時の状況が記録されているものと推測されるところ、体罰があったのではないかとの保護者の訴えに関して当日の状況を当該保護者に公開することは、体罰問題を巡って関係者の間に対立が起こり勝ちな今日の社会情勢の下においては、大乗的見地からすれば、学校と保護者との信頼関係を醸成するうえで有用であると考えられることなどに照らすと、右本件教諭等の供述内容については、本件教諭の識別特定を可能ならしめる部分を除き、これを公開すべきものと考えられ、⑥項(その後の経過―保護者との話し合いの結果、関係者の調査結果等―)についても、本件教諭の識別特定を可能ならしめる部分や直接体罰行為の有無に関係のない本件教諭に対する批判的発言等を記載した部分があれば、これを非公開とする合理性があるといえるけれども、それ以外の部分については、本件教諭自身の供述内容を記録した部部をも含め、これを公開することが前記のような体罰に関する紛争の社会問題性に照らし相当であり、これを非公開とする合理性はないというべきである(なお、右のように本件教諭の識別特定を可能ならしめる部分を除外した場合、残余の部分はすべて個人識別情報に当たらないのではないかとの疑問も生ずるが、個人識別情報に当たるかどうかは、当該公文書自体の記載のみによってではなく、文書の性格、それが作成された前後の諸事情等を総合的に考慮した上で、当該記録上の情報が特定の個人に関するものであることが識別されるかどうかを判断して定まるものであるところ、本件報告書の取り扱っている小学校の教諭と生徒との関係は、比較的狭小で結合力の強い地域社会を基盤とするものであり、右地域社会内では、本件の体罰を巡る紛争はかなりの程度に一般に知られており、前記残余部分のみであっても、そのうち本件教諭に関する部分が同教諭本人に関するものとして受け取られる可能性が大であることは容易に推測できるから、右残余部分もまた、本件教諭個人に関する情報を含む限り個人識別情報に当たるものというべきであり、その上でその公開の可否を論ずべきものである。)。

(六) 本件報告書の⑥項、⑦項(校長所見)中には被控訴人以外の保護者の氏名や発言内容が記録されており、それらの部分は当該保護者の個人識別情報としての性格を有するので、これを非公開とする合理的理由があるかどうかを検討すると、これら保護者としては、本件のような紛争化した問題に関して発言した内容が自己の発言として公開されることを望まないことは十分にありうることであるが、前記のような体罰に関する紛争の社会問題性に加え、右発言が、その収録されている箇所からみて、体罰問題発生当日の事実関係を明らかにする性質のものではなく、かつ、校長により要約された形で記録されていること、発言のうち、体罰行為の有無に関係のない部分は、前記のとおり本件教諭の個人識別情報として公開の対象外とされていること等を考慮すれば、発言者を識別特定することを可能ならしめるような部分は別として、発言内容自体については、非公開とする合理的な理由はないというべきである(仮に被控訴人が発言をした保護者を識別特定できるとしても、それは被控訴人がそれら保護者とともに、その場に出席し発言を聞いた等の理由によるものであり、本件報告書の公開によりそれらの保護者に関する個人情報を新たに取得することによるものではないから、右の点は本件報告書を非公開とする合理的理由には当たらない。)。

(七) 以上によれば、本件報告書中、本件児童の指導・評価等に関する情報で本人に知らせないことが正当と認められるものを記録した部分、本件教諭の識別特定を可能ならしめる部分、体罰行為の有無に関係のない事項を記載した部分、被控訴人以外の保護者の発言につき発言者の識別特定を可能ならしめる部分については個人識別情報として非公開とすべき理由があるが、その余の部分については、右理由があるとは認められない。

2  条例七条三号ア該当性

(一)  教育委員会は、品川区における教育行政を処理するために設置された執行機関であり、児童の事故等について学校長から報告を徴する事務は、教育委員会が実施機関(実施機関の定義については乙第一号証の一の条例二条参照)となって行う事務事業であって、本件報告書は、区政執行に関する情報が記録された公文書である。

(二)  控訴人は、本件報告書を公開すると、本件児童、保護者及び本件教諭の私生活の平穏を害したり、誤解が生じるなどの弊害をもたらし、学校と教育委員会との間に築かれていた信頼関係が維持できなくなるとか、今後、児童、保護者、教諭と学校及び教育委員会との間の信頼関係に基づいた情報収集ができなくなるおそれがあるとか主張するが、右主張のうち、情報収集の阻害以外の点は主張自体が極めて抽象的であり、証拠上も到底肯認するに足りない。また、情報収集の阻害の点について言えば、既に認定したとおり、本件報告書は、本件体罰問題に関する保護者の訴えの内容、当日の状況、その後の経過及び学校側の対応等を校長が要約したものにすぎないのであるから、公開すべき部分について前記のような限定を付してもなお、これが公開されることによって右主張のような弊害を生ずるおそれがあるとは認めるに足りない。

控訴人は、本件報告書を公開すると、被控訴人らの本件教諭に対する脅迫的な糾弾や嫌がらせなどの弊害が継続、拡大することが予想される旨主張する。しかし、公文書公開の請求者が公開された公文書を用いて違法な行為に出るおそれがあるといえるような特段の事情がある場合には(本件において、そのような特段の事情が存在するとの主張、立証はない。)、公開請求権の濫用としてこれを排斥する余地があるとしても、右事情は、本件報告書が控訴人の主張するように区政執行情報に当たるとする根拠となるものではない。

また、控訴人は、本件報告書を公開すると本件児童の健全な育成が妨げられるかのような主張をしているが、本件報告書は、控訴人が全面非公開としている校内暴力報告書等とは異なり、体罰があったか否かについての報告書であるから、これを公開しても本件児童の健全な育成が妨げられるおそれがあるとは認められない。

さらに、控訴人は、本件報告書に記録されている本件児童及び被控訴人らの主張と本件教諭の主張とは齟齬しており、本件報告書を公開することにより当事者間の対立がさらに大きくなる可能性が強い旨主張しているが、右主張の齟齬は既に本件に関し学校が被控訴人以外の保護者を交えて行った話合いのための会合、本件体罰問題につき開催された保護者会等を通じて既にかなりの程度関係者や一般保護者に認識されているものと認められる(乙第七号証、第九号証)から、仮にそのような影響が生じるとしても、その程度は、本件条例七条三号アにいう「区政の公正または適正な執行を著しく妨げるおそれがある」に該当する程のものとは認めることができない。

(三)  控訴人は、本件報告書は意思形成過程情報が記録されたものであり、このような内部での検討段階の未成熟な情報が外部に提供されることは無用の混乱や不公平な結果を招くと主張するところ、一般に行政における意思形成過程で作成された文書の公開について右主張のような弊害を生ずる可能性があることは考えられるが、そのような弊害の発生するおそれの有無は、当該行政過程全体の進行状況と当該文書の記載内容との関係から個別的、具体的に判断されるべきであって、単に意思形成過程情報が記録されていることから直ちに当該文書の公表が右のような弊害を生じ、区政の公正・適正な執行を著しく妨げるおそれがあるということはできない。そして、本件報告書の公開につき、そこに記録された情報の未成熟性の故に無用の混乱等が生ずるおそれがあることについての具体的な主張・立証はない。

(四)  以上のとおり、本件報告書は、品川区の教育行政の執行に関する情報が記録されたものではあるが、これを公開することによって行政の公正又は適正な執行に著しい支障が生じるおそれがあるとは考えられず、条例七条三号アの非公開文書に当たらないというべきである。

3  右1、2のとおり、控訴人の、本件報告書には本件条例七条三号アの非公開情報が記録されている旨の主張は理由がないが、同条一号の非公開情報が記録されている旨の主張は、右1(七)のとおり一部理由がある。

ところで、乙第一号証の一によれば、条例八条一項は、「実施機関は、公文書の公開請求に係る公文書に、前条各号のいずれかに該当することにより公開しない情報とそれ以外の情報が併せて記録されている場合において、公開しない部分とそれ以外の部分とを容易に分離することができ、かつ、分離したことにより公開請求の趣旨が失われることがないと認めるときは、公開しない情報に係る部分を除いて、当該文書の公開を行うものとする。」と定めているところ、前記乙第七号証によれば、右1(七)で非公開とすべきものとされた部分をそれ以外の部分と分離することは容易であると認められ、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、校長が本件体罰問題についてどのような調査をして体罰がなかったものと判断したかを知るために、本件報告書の公開請求をしたものと認められるから、右非公開とすべき部分を分離しても、被控訴人の本件報告書の公開請求の趣旨は失われないものと認められる。

そうすると、控訴人は本件報告書を部分公開すべきであったというべきであるから、本件報告書を全面非公開とした本件決定は違法であり、取消しを免れない(なお、本件報告書の記載内容が具体的に当裁判所に明らかでない以上、前記公開すべきものとされた部分を具体的に特定することができないから、本件報告書の非公開決定の全部を取り消すほかない。)。

以上の次第で、被控訴人の本件報告書についての公文書非公開決定の取消請求を認容した原判決は相当である。よって、本件控訴は理由がないものとしてこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加茂紀久男 裁判官北山元章 裁判官林道春)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例